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2008年11月 の記事一覧

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2008.11.29

解放  (ルドン4/4)

Odilon_Redon_02_convert.jpg
《ペガサスにのるミューズ》/オディロン・ルドン/1907-10年/カンヴァス・油彩/73.5×54.4cm/群馬県立近代美術館

溢れる色。
解き放たれた心。
見果てぬ夢に よろこびを謳う。


1897年、少年時代を過ごした
ペールルバートの家が、母や兄弟に
よって売却されました。
ルドンは大きな衝撃を受けて、彼らと
対立しています。

しかしこの出来事の後、まるで
呪いがほどけたかのように、彼の絵は
鮮やかな色彩に溢れるようになります。



redon_convert.jpg
《アポロンの戦車とドラゴン》/オディロン・ルドン/1910年/カンヴァス・パステル・油彩/75×60cm/個人蔵

二枚目は、ドラクロワ作
《大蛇ピュドンに打ち勝ったアポロン》を
描きかえた作品といわれています。
馬車に乗るアポロンの神話画は、晩年に
数多く描かれ、好評を博しました。

ルドンの疎外感や孤独感は、
新しい家族と過ごすうちに、少しずつ
癒され、解放されていったように思います。

かつて暮らした家との決別は、ルドンが
あらためて自分の「家族」を確認する
契機になったのではないでしょうか。

もう、ひとりぼっちではないのだと。


1916年、第一次世界大戦に従軍した息子アリの身を案じつつ、ルドンは亡くなりました。
消息不明の息子を探すため、友人の家を訪ね歩き 風邪をこじらせてしまったことが原因でした。

タイトルは記事の最後に (ルドン1/4)に戻る

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2008.11.28

《シーター》  (ルドン3/4)

Odilon_Redon_-_Sita_convert.jpg
《Sita》/オディロン・ルドン/1893年/紙・パステル・黒クレヨン/54×38cm/シカゴ美術研究所

横から見た像。頭部は緑がかった
金色の光線に囲まれている。
青い空では、星の破片が金の雨の
ように落ちて行く。
画面下は海底の丘のように見える。
―O.R.

オディロン・ルドン―自作を語る画文集
夢のなかで
」p82より引用

絵についての、ルドンの覚書です。

この作品は、近年になって、インドの
叙事詩『ラーマーヤナ』のラーマ王子
の妃、シーターであると理解される
ようになりました。
(それまでどんなタイトルだったのでしょう)

1890年(50歳)頃から、ルドンの作品は
黒が次第に少なくなり、色鮮やかに
なっていきます。
前年に次男アリが誕生したことが
影響を与えているのかもしれません。
長男は生後数月で死去したため、
次男の誕生は、悲嘆にくれる彼にとって非常に大きな喜びであったようです。

彼が初めてパステル画を描いたのは、40歳の時。
結婚した年の Madame Redon brodant (刺繍をするルドン夫人の肖像)です。
伏目がちに微笑む妻は、静かな金色の光を纏っており、ルドンの穏やかな幸福が感じられます。

「家族」は、彼にとって、重要なキーワードのように思います。

解放 (ルドン4/4)に続く

                                                                

2008.11.27

《眼=気球》  (ルドン2/4)

Redon_eye-balloon_convert.jpg
《Œil-ballon》/オディロン・ルドン/1878年/紙・木炭/42×33cm/ニューヨーク近代美術館

彼が自らタイトルをつけた数少ない作品の一つです。

奇怪な眼の気球。
暗い海。
気球の線が集約するもとには円盤があり、
頭が半分だけ覗いています。

ルドンはフランスのボルドー生まれ。
生後2日でメドック地方ペールルバートの
伯父に預けられ、そこで11歳まで
暮らしました。
病弱で内向的な彼は、良く世話を受け
外出することもなく、庭で夢想することを
好みました。
しかしその一方で、父母に見放されたと
いう疎外感に苛まれていたようです。

その後、ボルドーの寄宿学校に通いますが、周囲になじめず、学校生活に苦痛を感じる日々が続きます。
このような体験が、彼の作品に大きな影響を及ぼしているといわれています。

巨大な眼気球にエネルギーを感じます。
気球の燃料は、ルドンの行き場のない負のエネルギーかもしれません。

《シーター》 (ルドン3/4)に続く

                                                                

2008.11.25

タイトルは記事の最後に  (ルドン1/4)

Redon_cactusman_convert.jpg
オディロン・ルドン/1881年/紙・木炭/49×32.5cm/個人蔵

ルドン(1840-1916)は、ルノワールや
モネ、セザンヌなどと同時代の画家です。
違いは、ルノワールらは印象主義
自然や事物から受ける感動をそのまま表現しようとする
の画家であり、ルドンは象徴主義
夢や内面的世界を形あるものを通して象徴的に表現しようとする
の画家であったことです。

印象派の画家が光溢れる絵画を発表する
一方、ルドンは長い間、鉛筆や木炭で
作品を描き続けていました。
その一つが右の絵です。

タイトルが一応付いていますが、ルドンが
付けたものではありません。
この絵についてルドンが遺したものは、覚書です。
皆様が、この絵と覚書からタイトルを付けなければならないとしたら、どのようなタイトルにされますか...?
以下の引用がその覚書です。

それは一つの箱から伸びている
箱の表面には浅彫りで一人の女性の姿が彫られているが、
彼女は漠然としかわからない誰かを打ちのめそうとしている。
植物は針のとげのような髪をした人間の頭部の格好をしている。
―O.R.
「オディロン・ルドン―自作を語る画文集夢のなかで」p58より引用


...どうでしょう?「タイトル」は下にあります。皆様のタイトルと比較してみて下さい。


原題 《Homme cactus》、邦題 《サボテン人間》

《眼=気球》 (ルドン2/4)に続く

                                                                

2008.11.21

《サーカス》

Georges_Seurat_019_convert.jpg
幾時代かがありまして
   茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
   冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
   今宵此処での一と殷盛り
      今宵此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁
   そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒さに手を垂れて
   汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
(中原中也 サーカス 詩集『山羊の歌』より一部抜粋)


《サーカス》/ジョルジュ・スーラ/1890-91年/カンヴァス・油彩/186.2×151cm/パリ、オルセー美術館
(画家病死のため未完)

サーカス特有の雰囲気と奇(あや)しい術に、いつのまにか嵌っていきます。

この絵は 曲線や動的な存在には主に暖色、直線・静的な存在や周りには青が使われています。
また、彼のほとんどの作品では、輪郭は点描の密度や色を変えることで、ぼかして表現されて
いましたが、この作品は点描ではなく線描(破線)の方法が用いられているそうです。
どちらも、当時 スーラが展開した理論を、本人が厳密に実践しようとしたものです。

絵の左側、中原中也の詩のタイトルも「サーカス」です。
スーラのサーカスを見ると、なぜか中也のサーカスを思い出してしまうのです。
スーラは31歳、中也は30歳で、それぞれ亡くなりました。

                                                                                      

2008.11.18

《逃亡と追跡》

   rimmer_convert_.jpg
   《Flight and Pursuit》/ウィリアム・リマー/1872年/カンヴァス・油彩/46×66.3㎝/ボストン美術館

建物の中。
画面左に、逃走する男性がいます。
さらにその奥に、並行して走る人物が もう一人。
彼も逃げているのでしょうか。それとも...?

ウィリアム・リマーはイギリスで生まれ、2歳で渡米、生涯をアメリカで過ごしました。
芸術方面もさることながら、解剖学にも精通していました。
一方で、貧困にあえぎ、医者のほか製靴や肖像画を描いたりしながら、なんとか
生計を立てていたようです。
45歳になるまで、実質 芸術家として知られることはなかったそうです。

逃げる男がいるとして、では 追跡者は誰なのでしょうか。
逃げる男の後方の影? 奥の人物?
奥の人物は、影こそあるものの 身体は透けて、向こう側の壁が見えています。
どちらも、実体のあやうい存在です...

                                                                

2008.11.16

天青石(セレスタイト)

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セレスタイトの結晶(マダガスカル産)/Géry Parent 氏所有・撮影/2007年10月26日

天青石(Celestite)。
英名の由来は、ラテン語のCaelestis(神います天空の)。
天上の大気が結晶化したような、おだやかで清浄な石です。
一方で、主成分が硫酸ストロンチウムであることから、炎の中では深赤の光を放ちます。

この石は、ストレス、特に精神的な葛藤を浄化してくれる力があるそうです。
枕元に置いておくと 心地よい睡眠が得られるといわれていますが、非常に傷付きやすいので
丁寧に扱う必要があります。
また、太陽に弱く、長時間 日光に当てると色が褪(あ)せてしまうそうです。

穏やかな青がみせる炎中の深赤。
傷付きやすい浄化者。
太陽を好まない天空の石。

名前こそ人と遠い感じがしますが、意外と親しみやすい石かもしれません。

                                                                

2008.11.12

《おとぎ話(王のおとぎ話)》

        fairy_tale_of_the_kings_convert.jpg
《Pasaka(Karaliu pasaka)》/ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス/1909年/テンペラ・カンヴァス/70.2×75.3cm/リトアニア共和国国立M.K.チュルリョーニス美術館

星降る夜に、王様が2人。
輝く「世界」を、静かに見つめています。
ある条件を満たした、魔法の夜の出来事でしょうか。

チュルリョーニスの作品の中で、王は世界そのもの、超自然の存在として しばしば登場します。
この作品では、リトアニアの民間伝承を反映し、王は「良き保護者」として描かれているそうです。

かつて、リトアニアはポーランドと国家連合を形成していました。
当初は リトアニア大公がポーランド王を兼ねる状態で成長、東欧の大国として繁栄しましたが、
後に衰退、16世紀には実質的にポーランドの支配下に入り、大公国は消滅しました。

「世界」に手を添える王と、手前まで来て添えない王。
2人の王は、かつて存在した2つの国を暗に示しているようにも 思えます。

                                                                

2008.11.10

種も仕掛けも御座いません

Paul_Signac_convert.jpg
《フェリックス・フェネオンの肖像》/ポール・シニャック/1890年/73.5×92.5cm/カンヴァス・油彩/ニューヨーク近代美術館

めくるめく 色模様の宇宙。
神妙な面持ちの 紳士がひとり。
左手に シルクハットとステッキ、
右手に 花を一輪つまんでいます。

マジックの一場面のようです。

作品の正式名称は、《Portrait de Félix Fénéon sur l'émail d'un fond rythmique de mesures et d'angles, de tons et de teintes》(尺度と角度、色調と色相のリズミカルなエナメルの背景のフェリックス・フェネオンの肖像)

シニャックが、当時 彼やスーラのような点描法を用いた画家を「新印象派」と名付け、擁護していたフェリックス・フェネオン氏に贈った肖像画です。
まるで現実離れしているようにも思えますが、色彩理論を用い、色、尺度・角度とも計算し尽くされた、精緻な絵画です。

...やはりマジックの 一場面のようです。

                                                                

2008.11.07

安心と安らぎ

Gygis_alba_flight_convert.jpg
Gygis alba in flight (飛行中のシロアジサシ) /USGS(アメリカ地質調査所)撮影

英名 White Tern または Fairy Tern.
巣をつくらないことで 知られています。

人間は 「つくること」で、生き延びてきました。
「つくったもの」を放棄し 生き延びることは、もはや不可能です。

分厚い装甲の中で、ときに 息が詰まりそうになります。
つくりすぎたのではないかと、後悔することもあります。

つくり続けることで安心する一方、つくっていないものをみて、安らぎを得る。
矛盾していますが、自分自身を省みると、そういうことが しばしば あります。

                                                                

2008.11.06

人のいない大手町


koukyo_no_aki_convert.jpg
皇居 東御苑に行ってきました。

ケヤキが色を変え始めていました。
雲を横切り、はらり はらりと葉を落として
いました。
彼について、ひとつ 愉快な発見をしました。

落とすのは、きいろいのだけ。
みどりはとっておく。
とても器用なのです。


koukyo_bansyo_convert.jpg
百人番所です。

大手門を通り、本丸・二の丸に入る際の
最大の検問所です。
「鉄砲百人組」と呼ばれる同心が、昼夜
交代で勤務していました。

背後に建設中のビルが見えます。
青いビルは地上31階。その後ろは37階。
見えませんが、さらに後ろに23階。
日経新聞社、JA、経団連が入ります。

koukyo_sakura_convert.jpg
桜が、咲いていました。

かつて、江戸城本丸が存在した
場所に3本だけ植わっていました。
今が見頃だそうです。

江戸城本丸跡・大奥跡に建物は
なく、広大な敷地に芝生が
広がっています。
子どもたちが、鬼ごっこをしていました。


mizukagami2_convert.jpg
さいごに。

平川橋から 撮りました。
水面を境に、人が消えてしまいました。

器用なケヤキ。
番所と高層ビル。
城跡に咲く11月の桜。
人のいない大手町。

美しすぎると、現実味が薄れる。
そう思った、秋の一日でした。

                                                                

2008.11.03

褐鉛鉱(ヴァナディナイト)

Vanadinite_(Maroc)_convert.jpg
ヴァナディナイトの結晶(モロッコ産)/Géry Parent 氏所蔵・撮影/2007年10月31日

褐鉛鉱(ヴァナディナイト/Vanadinite)。 しばしば「バナジン鉛鉱」と呼ばれます。
化学式は、Pb5(VO4)3Cl 。 ちなみに、先日ご紹介した緑鉛鉱(パイロモルファイト)
化学式は、Pb5(PO4)3Cl 。 とてもよく似ています。

ヴァナディナイトの主成分はバナジウム(Vanadium)。
バナジウムの名は、北欧神話の女神 ヴァナディス(Vanadis)に由来します。
ヴァナディスの別名はフレイヤ(Freyja)。愛や豊穣、戦い、魔法などの守護神です。

石の力としては、精神を整えて集中力を高め、冷静な思考・判断・行動を導いてくれるようです。
パイロモルファイトと同様、身に付けるのではなく、飾って愛でるタイプの石です。

                                                                

2008.11.01

Chicago Union Station、1943

   Chicago_Union_Station_1943_convert.jpg
シカゴ・ユニオン駅の待合室/FSA-OWI(農業安定局プロジェクト、当時は戦時情報局)のJack Delano氏 撮影/1943年1月/アメリカ国会図書館

戦時中の、シカゴ・ユニオン駅です。
駅の待合室には 様々な目的を持つ人が 集まっています。
これから出かけてゆく人。
見送る人。
帰りを待つ人。
その待合室に、高窓から、冬の日差しが降り注いでいます。

これまでのこと、これからのこと。
どのような国にも、個人にも、それぞれに歴史があり、光と影があります。
澄んだ日差しは すべて見透かしつつも、 強くやさしく 人々を照らしてくれるように思えます。

                                                                
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