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2009年07月 の記事一覧

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2009.07.31

《ノアの方舟》 おまけ

rainbow_ginza.jpg※こちらの記事は《ノアの方舟》のおまけです。

7月下旬に、2回 虹を見ました。

右は1回目、19日の写真です。
この写真をみて、チュルリョーニスの
《ノアの方舟》を思い出したのです。

なだらかな虹にアララト山。
アララト山は、銀座テアトルシネマです。
《ノアの方舟》を地上から見たら、
こんな感じではないかと思いました。

水面が足りない? シネマで上映中の映画は 「湖のほとりで」 でしたので、お許しを…。
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2009.07.29

《ノアの方舟》

      Nojaus_arka_convert.jpg
         《ノアの方舟(Nojaus alka)》/ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス/1909年

アララト山に鎮座する方舟。
大洪水の後、ここから放した鳩がオリーヴの葉をくわえて帰ってきたことで、ノアは地上から
水が引いたことを知ります。 そして、家畜や鳥を焼き尽くし、祭壇に捧げます。
神は ノアと彼の息子たちを祝福し、これよりのち洪水で全ての生物を滅ぼすことをしないと
約束し、そのしるしとして虹を架けました。

チュルリョーニスは旧約聖書やヨハネの黙示録のイメージに惹かれており、それは作品にもみることができます。
しかし、それらは あくまで彼自身のフィルターを通し、超自然的な"力"、宿命 等として変換された上で
表現されています。
この作品はめずらしく、聖書の特定の場面が明確に描かれています。

画家は、この年の終わりからひどく精神を病み、徐々に 心身ともに衰弱していきます。
そして1911年、35歳の若さで亡くなりました。
ペテルブルクの芸術総合誌『アポロン』は、チュルリョーニス特集を組み、彼を追悼。
この絵は表紙に選ばれました。

この絵では、水は充分にひいていないようです。方舟から出て行くには まだ早いでしょう。
「ノア」はヘブライ語で「休息」。
チュルリョーニスもまた、休息の方舟から出ていくには 早すぎたように思います。

※この記事にはおまけがあります。

                                                                

2009.07.25

光に透ける心

Vilhelm_Hammershoslash;i_Sonnige_Stube_convert
《ソファ》/ヴィルヘルム・ハンマースホイ/1905年/カンヴァス・油彩/49.7×40cm/ベルリン、国立博物館

Vilhelm Hammershøi (1864-1916)は、
自宅アパートの室内を描いた作品を
多く遺しています。
しかし、生活の基盤であるその空間に
あわただしさは感じられません。
人がいても同様です。
彼の作品は常に、やわらかな静謐さを
湛えています。

静かな光を見ていると、外の世界が
吸い取られ、心が透けていきます。
私事で恐縮ですが、かつて 毎日同じ
光を見つめていた時期がありました。

―学校に行く代わりに美術館に入り、
  高窓から注ぐ光に、安らぎを求め
  縋っていた日々。
―家にも居たくなくて、公園のベンチで、
 ずっと木漏れ日を眺めていた日々。

心が透きとおるごとに 容易によみがえる記憶。
自分がその頃とほとんど変わっていないことを、そのつど確認させられます。
ずいぶん前のことなのに。 それが可笑しくて、少し切なくて、いつも笑ってしまいます。

                                                                

2009.07.24

青木画廊


aoki_garou.jpg先日、青木画廊に行って来ました。

1961年に開廊後、現在に至るまで
幻想レアリスム作品を中心に紹介されてきた
画廊さんです。
常設展示のほか、期間限定の展覧会が催されます。

この日は、「3人の画家の絵画法修業」展が
開かれていました。
階段を上りギャラリーへ入室すると、スタッフが声を
かけてくれます。
非常にアットホームな画廊です。

常設も含め、一作品ずつ 心ゆくまで堪能したのち、
目当ての作家さんの画集を購入しました。garou_kanban.jpg
すべてにサインが入っていました。

青木画廊HPへのリンクをお願いをしたところ、
快く許可して頂けました。


大変素敵な画廊ですので、是非リンクよりお出かけ下さい。
幻想的な絵画がお好きな方には、特にお勧めです。



                                                                

2009.07.23

紫水晶(アメジスト)

Ameacute;thyste2_(Breacute;sil)_convert
アメジスト(ブラジル産)/Géry Parent 氏所有・撮影/2008年12月8日

Amethyst の名の由来は、ギリシャ語の「酒に酔わない(amethystos)」。
和名は紫水晶です。
情熱の赤と冷静の青が美しく混ざっていることから、「情熱と冷静の石」とも言われています。

この石は、持つ者を "悪酔いさせない力" を備えているといわれています。
お酒は勿論のこと、乗り物、恋愛を含む人間関係、ものの考え方 等々。
様々なよろこびを高めてくれる一方で、それに酔い潰れ正体を失わぬよう、冷静になるように
導いてくれるそうです。

アメジストはアクセサリーとして人気がありますので、手に入れるのは容易いと思います。
月光浴、沐浴、香浴などを好みますので、手に入れたら それらで充分にリラックスさせてあげて下さい。
太陽は好きではありません。日を当てると褪色しますのでご注意を。

                                                                

2009.07.22

《カーネーション、リリー、リリー、ローズ》

John_Singer_Sargent_Carnation_Lily_Lily_Rose_convert_.jpg
《Carnation, Lily, Lily, Rose》/ジョン・シンガー・サージェント/1885-86年/カンヴァス・油彩/174×153.7cm/ロンドン、テートギャラリー

薄暮の庭。
子どもたちが提灯に火を灯しています。
彼等の足元にはカーネーション。
取り巻くように ユリ、ユリ、バラ。

この絵は、実際に、戸外に於いて
黄昏時に描かれたものです。
黄昏とは短きもの。
画家は同じ条件の「黄昏」を求め、
毎夕 モデルと共に制作にあたり、
二年越しで作品を完成させました。

夕庭のはかない明るさと、
提灯の妖しい明るさ。 暗緑に映える白。
異なる光の絶妙なバランスに
涼やかさと艶やかさを感じます。

集中する子どもたちに対して、数多の花々は思い思いにお喋りしているようです。
まるで夜の学校行事に色めき立つ生徒のよう。 …どんな楽しい企み事をしているのでしょうか?

                                                                

2009.07.05

《傷ついた天使》

The_Wounded_Angel_-_Hugo_Simberg_convert.jpg
《Haavoittunut enkeli》/ヒューゴ・シンベリ/1903年/カンヴァス・油彩/127×154㎝/ヘルシンキ(フィンランド)、アテネウム美術館

この絵については、様々な見方がなされており、なかなか画廊に掛けることができませんでした。
自分のわかっている事実は、

・描かれている所はヘルシンキのEläintarha公園であり、現在も同じ場所があるということ
・絵が描かれた当時、公園内に盲学校や障害者施設が多くあったこと
・シンベリ(Hugo Simberg、1873-1917)の個人的な経験が多く反映されていること
・深刻な神経疾患の為、画家が1902年の晩秋から03年春まで、病院で治療を受けていたこと

これくらいです。
以下 フィンランド・ナショナル・ギャラリーの解説を参考に、個人的見方も含め、まとめてみました。

重々しい雰囲気の中、2人の少年が、間に合わせの木の担架に傷ついた天使を乗せて運んでいます。
前の少年は黒ずくめ。後ろの少年は茶のジャケットに黒服黒靴。
後者はしかめっ面で、こちらを見つめています。

天使は背を丸め、うつむき、目隠しされています。
少年たちの無骨な靴に対し、裸足。 スカートの裾は力なく地面を擦り、右手の花は萎れかけています。
左翼は血で汚れ、下方は少し破れています。

水平な背景(道や湿原、水面と対岸、空)に対し、少年と天使は垂直に力強く描かれています。
現実的な景色と、寓意的な天使像。
健康で粗野な少年と、傷ついた弱く脆い少女。
黒と白。
こういった対比が、作品を際立たせています。

フィンランド・ナショナル・ギャラリーは、最後に、こう結論付けています。
天使の怪我はそれほど深刻なものではないようです。
飛びたいのなら 飛べるでしょうし、見たいのなら 見ることもできましょう。
しかし、彼女は飛ぶことをせず、俯いています。 …つまり、彼女は助けられたいのです。

この見方は、一例だと考えます。
(そのほか、天使は愛や無垢の象徴であり、怪我はその喪失をあらわす という解釈もあります)
というのも、絵の意味については、多くを内包しながらも、画家自身がそれを "説明しえない" と
感じていたようなのです。
ですから、自分で自由に意味付けするのが一番よいのでしょう。
こちらにおこし下さっている皆様は、どのような見方をされますか?

                                                                

2009.07.03

《ヘリオガバルス帝の薔薇》

The_Roses_of_Heliogabalus_convert.jpg
《The Roses of Heliogabalus》/ローレンス・アルマ=タデマ/1888年/カンヴァス・油彩/132×214cm/個人蔵

ヘリオガバルス(エラガバルス)(在位218-222)は、ローマ帝国セウェルス朝の皇帝です。
歴代皇帝の中でも、非常にエキセントリックな人物として知られています。
もともとシリアの祭司でしたが、祖母の野心によって、14歳で皇帝に就任。 その後、

・複数人の女性・男性との結婚のかたわら、自ら街娼となって男性客をとる
・太陽神エラガバルス神殿を建設、唯一神と崇め毎日おびただしい生贄を捧げる
・神殿内に猛獣を飼い、切り落とした男性器を与える… 等々、倒錯的・嗜虐的な生活を送ります。

中でも有名な逸話が、この薔薇の海。
何tもの薔薇を天幕の上に用意し、酔いしれる客人の上で切って落下させ、
彼らが窒息死する様を楽しんでいる図です。

祖母を背後に控えた傀儡政権であったものの、彼の目に余る所業に その祖母ですら匙を投げ、
ヘリオガバルスはわずか4年で暗殺、市中引き回しの後 テベレ川に散りました。
薔薇のうみに溺れた彼は、傀儡師に糸を切られて死んでしまったのです。

                                                                
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