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2009年09月 の記事一覧

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2009.09.26

ベルギー幻想美術館


bunkamura_entrance.jpg先日、Bunkamura に行ってきました。
目的は ベルギー幻想美術館。
絵の傾向と時代背景を 少々ご説明します。

1830年に独立したベルギーは、地理的条件も
良く、イギリスに次いで産業革命を迎えます。

急速な工業化による目覚ましい経済成長は
芸術にも恩恵を与え、多くの新進芸術家が
首都ブリュッセルに集いました。

しかし、この時代の絵は、国の発展に目を
背けるように 内向的、退廃的です。
急成長する近代社会での、人間の疎外感。bunkamura_B1.jpg
それが背景にあるのだそうです。

心の内を絵にあらわす象徴主義、それに続く
表現主義、 シュルレアリズムの絵画たち。
この集まりが「ベルギー幻想美術館」です。


鑑賞した作品が画廊の倉庫になかったので、
観た絵のご紹介は無理かと思っていたのですが、
絵画の所蔵元である姫路市立美術館に
問い合わせたところ、いくつかの作品は、
兎尾珈琲店 画廊に掛けても良いとのお返事を
頂きました。
おお…ありがたいことです。 VIVA姫路市美術館。 是非ご紹介させて頂きます。

Himeji_Castle.jpg
とても嬉しかったので、姫路城天守の
写真を掛けました。
南西方面(西の丸)からの撮影です。
白く美しい城で、「白鷺城」とも呼ばれて
います。 国宝です。
1993年には、ユネスコ世界遺産に登録
されています。


姫路城/Gorgo氏撮影/2004年8月7日

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2009.09.19

《フットボールをする人々》

Henri_Rousseau_-_The_Football_Players_convert.jpg
《Les Joueurs de football》/アンリ・ルソー/1908年/カンヴァス・油彩/100.5×80.3cm/ニューヨーク、グッゲンハイム美術館

黄葉に囲まれた閉鎖的な空間。
まるでダンスのようなフットボール。
明るい浮遊感を持つ、不思議な世界が
開けています。

ルソー(Henri Rousseau、1844-1910)は
フランスの画家です。
正規の教育を受けた職業画家ではなく、
退職する迄は、休日を利用して絵を
描いていた「日曜画家」でした。

岡谷公ニ氏は、絵画とは かつては
単なる「絵」ではなく、真の存在として
認識されていたと推測しています。
絵は世界を凝縮し、所有する手段で
あったのだそうです。

対し、近代絵画は、この考えを放棄する
ことから生まれ、絵は「絵」として認識されるようになった、とのことですが、その風潮の中で
ルソーは絵の持つ「世界」を信じ続けた画家である、と同氏は述べています。

絵をどのように認識するのか。 趣味の範囲では限りなく自由です。
そして、その作品が趣味を超えてなお どう認識されようとも、誰かに必要とされる限り、作品として
"生きて" おり、あまり好きな言葉ではありませんが "価値がある" のではないかと思います。

ちなみに。
個人的にどちらが好きかといえば、世界を凝縮した絵の方が好きです。
絵の中に行ってしまいたいと思うことが ままあります…。

                                                                

2009.09.15

『消えたフルドラ』

Theodor_Kittelsen_Huldra_forsvant_convert.jpg
『Huldra forsvant』/テオドール・キッテルセン/1908年/水彩

キッテルセン(Theodor Kittelsen、1857-1914)は、自然画、おとぎ話をモチーフとした作品や
挿絵で知られるノルウェーの画家です。
この作品は、ノルウェーの妖精  "フルドラ"  が 若い男性を沼地に誘い出した後の、
フルドラが消えてしまった場面です。
男性は、フルドラに 魂を持って行かれたかのように、茫然と立ち尽くしています。

フルドラはブロンドの美しい女性としてしばしば登場しますが、牛のような尾を持っています。
普段は家畜の世話をしたり、山で歌ったりしていますが、若い男性を見つけると 山や森の奥へ
誘(いざな)います。
人間の男性と結ばれると 自分も完全な人間になれるから。
それが誘う理由であるともいわれています。

同じノルウェー出身の、作曲家 グリーグ(1843-1907)の作品にも彼女は登場します。
こちらは、フルドラの歌を聴いているうちに眠ってしまった男性が目を醒ますと、すでに彼女は
消えていた、という内容です。
いずれにせよ、フルドラの誘惑に負けた男性は、正気を失うなど、何らかの"傷"を負うそうです。

消えたフルドラ。 立ち尽くす男性。
観る者に想像の余地を持たせる、雰囲気のある作品だと思います。

                                                                

2009.09.11

わたしを落としてしまつた話

Theo_van_Doesburg_leaded_glass_composition_VIII.jpg
ステンドグラス コンポジションⅧ/Theo van Doesburg (テオ・ファン・ドースブルフ、1883-1931)/1918-1919/34,5×81,5cm/アムステルダム、ステデリック美術館

以下は、自分を落としてしまつた話 のおまけ記事です。
話を読んで、ある過去の体験を思い出しましたので、真似をして書いてみました。


わたしを落としてしまつた話

或朝 東京メトロ東西線の電車を降りたハヅミに わたしはわたしを落としてしまつた
電氣廣告の前でミント菓子を頰張つたのも― 角を曲がつて來た電車に飛び乘つたのも―
窓をみる餘裕も無いほど車輛が混んでゐたのも―
電車が驛に滑り込み前のレヂーが臨戰態勢に入つたのもハツキリ頭に殘つてゐたのだが
押し出されてから氣がつくとわたしが居なくなつてゐた

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

昨日、東京メトロ東西線の事故がありました。怪我人が無かったのが不幸中の幸いです。
私は学生の頃、東西線を利用していました。
ある日、朝のラッシュ時に押し出されるまま少しずつ降車していたところ、突如目の前が、暗転。
一瞬 何が起こったのか理解できなかったのですが、後続の乗客に頭をカツカツと蹴られて、
どうやら自分が電車とホームの間に落ちたことに気づきました。
降りてくる人々には頭を蹴られ、これから乗る人にはドアの両側から見下ろされ…

―恥ずかしい。可及的速やかに此処から立ち去りたい。消えたい。

その一心で水からプールサイドに上がるようにしてホームにのぼり、走って学校に逃げました。
ホームは思いのほか高いです。落ちることはそうはないかと思いますが、くれぐれもお気をつけ下さい...。

                                                                

2009.09.11

自分を落としてしまつた話

 Night_scene,_R-100_at_mooring_tower
 夜景―飛行船係留塔にとまるR-100/撮影者不明(カナダのポストカード)/1930年頃


自分を落としてしまつた話

昨夜 メトロポリタンの前で電車を飛び降りたハヅミに 自分は自分を落としてしまつた
ムービーの廣告畫の前で煙草に火をつけたのも― 角を曲がつて來た電車に飛び乘ったのも―
窓からキラキラした灯と群集を見たのも―
向ひ側に腰かけてゐたレヂーの香水の匂ひもハッキリ頭に殘つてゐたのだが
飛び降りてから氣がつくと自分が居なくなつてゐた
稲垣足穂 著 『一千一秒物語』 より一部改行・抜粋



『一千一秒物語』の初版は1923年発行。70(1957年以前は68)から成る短編集です。
上のリンクはその復刻版です。
どの話も舞台は夜です。 月、星、煙草の他、夜の住人 ―正体のあやうい存在― が登場します。
幻想的ですが、甘くはありません。

私はこちらの絵本版↓を持っています。複数の短篇と絵が交互にかかれていて楽しめます。

一千一秒物語一千一秒物語
(2003/11/29)
稲垣 足穂

商品詳細を見る

そのほか、文庫版もあります。興味のある方は、書店や図書館等でご覧下さい。
この記事には おまけ があります。

                                                                

2009.09.10

グリーングリーン

2人のJFK/Cecil Stoughton氏撮影/1963年10月10日
2人のJFK/Cecil Stoughton氏撮影/1963年10月10日

最近、ずっと歌を聴いていました。

色々な歌の中で、特に心に残ったのが
グリーングリーン
教科書には、3番までのみ掲載されている
ことが多いそうですが、7番まであります。
歌詞はこちら

「パパ」は「僕」と語り合い、悲しいことが
あっても泣くんじゃないと抱きしめます。
そして、二度と帰ることのない"遠い旅路"へ
出かけていきます。
歌詞には 運命に対する濁った感情は
書かれていません。
その代わりに、一貫して青空と丘の上の緑が
あざやかに輝いています。

「パパ」はどこに出かけていったのでしょうか。

作詞した片岡輝氏は、読み手に解釈を委ねています。
時代背景や片岡氏の体験を踏まえた様々な解釈がありますが、こちらに来てくださった皆様の
感じるままに解釈をしていただきたいので、あえて載せないことにしました。
また、添えてある写真も深い意味はありません。
お時間がありましたら、歌詞や歌から想像してみて下さい。

行き先の解釈とは違いますが、私は、この歌は息子の歌ではなく 父の歌だと感じました。
運命を宣告された後に息子に語る、生きるよろこび。悲しみ。子どもへの愛情と切望。
「パパ」の心が「僕」を通して歌われているように思いました。

                                                                

2009.09.01

国技館より愛をこめて


8月30日に、両国国技館に行ってきました。

正式名称は「國技館」。
150億円(総て無借金!)をかけて建設、昭和
60年(1985年)に完成しました。
所在地は墨田区横網(よこあみ)1丁目。
場所柄から、よこづな と誤って読まれることが
多いようです。



kokugikan_syoumen_convert.jpg
  こちらは正面入り口。

  この日は、『2009 プロレスLOVE in 両国 Vol.8』
  を観てきました。豪華カードで 超満員札止めです。
  「観戦」に来ていた横綱・白鵬が、選手に
  逆水平チョップを見舞うシーンもありました。
  現役横綱によるプロレス in 両国国技館。
  なかなか貴重な場面に遭遇しました。


kokugikan_kannai1_convert.jpg

国技館内・吊り屋根です。

伊勢神宮の御神木で造られています。
日の丸が向いている方向が「正」面。
時計回りに「東」、 「向」正面、 「西」です。
吊り屋根は、相撲以外の催し等 必要に応じて
自動昇降で格納できるようになっています。  



kokugikan_ring_convert.jpg

  2階席より、リングです。  

  土俵も吊り屋根同様、格納(地下)できるように
  なっています。土俵の土は、10トントラック5台分。
  土俵作りは呼出の仕事で、本場所の5、6日
  前より開始されます。国技館の場合は、1から
  作るのではなく、表面のみを切り崩し、トラック
  1台分の新しい土を入れ替えます。


毎年5月の連休には、両国にぎわい祭り が開催されているようです。
"国技館バックヤードツアー"では、行事部屋、インタビュールーム、支度部屋 等々普段入れないところを見学させてもらえるようです。参加費は200円とか。そのほかの催しも面白そうです。

                                                                
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