TOP > 2010年01月

2010年01月 の記事一覧

| |

--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
                                                                

2010.01.21

《おとぎ話》三連作

   Bajka2.jpg

  Bajka1.jpg  Bajka2.jpg  Bajka3.jpg
左よりおとぎ話Ⅰ(73.3×63.1cm) Ⅱ(62.2×71.9cm) Ⅲ(72.4×62.8cm)/ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス/1907年/厚紙・テンペラ/リトアニア共和国国立M.K.Ciurlionis美術館  ※下3枚の画像はクリックすると大きくなります。


3枚でひとつの不思議な おとぎ話。
一番上の大きな画像は、3枚のうち最もよく知られている 2枚目です。

チュルリョーニスの作品には、リトアニアの民間伝承をルーツとするシンボルや “ 意味 ” がよく使われており、
この絵もそのひとつです。
そして それは、リトアニア人ならば特に勉強せずとも理解できる、と 生前、画家夫人は述べています。
実際、この作品は 第二回リトアニア美術展(1908)に出品されましたが、田舎から展覧会に来たお客さんが、
全部自分で分かるから説明は要らない、とガイドの説明を遮ったという話が残っています。
お客さんの話を 拙くて恐縮ですが 訳してみました...。  絵の内容について語っています。

これはおとぎ話だよ。ほら、人々が奇跡を求めて山に登っているところだ。
山には王女様がいて、強さや美しさ、賢さもたらしてくれると 皆 信じているんだ。
てっぺんに着いた - そう(ご存知の通り)、王女様はいない。代わりに弱くて小さな子どもが座ってる -
その子は タンポポの夜明け( dandelion’s dawn )を見て、声をあげて泣くんだ。


タンポポの夜明け...。  単なる直訳ですが、不思議な響きです。
どの絵にも タンポポの綿毛のような円がありますが、何か繋がりがあるのでしょうか...。
見れば見るほどに様々な発見があり、どんどん不思議さが増していくような気がします。
ちなみに、中央の絵の鳥は鳶(トビ)なのだそうです。

リトアニアの伝承が分からずとも...むしろ 分からない故にできる自由な解釈が、とても面白いと思います。

スポンサーサイト
                                                                

2010.01.12

螺旋階段の底の花海

Malacothrix_glabrata_convert.jpg
California州 Menlo Park在住、Dawn Endico氏 撮影/2005年3月 ※著作権は撮影者に帰属します(Creative Commonsの「表示-継承」に相当)。


暗く重い扉を開けると、石の螺旋階段が続いています。
自分や世界の意味が分からなくなるまで、ペダルを漕ぐ如く 無心に降りていきます。
眩暈がすると突如として階段が尽き、枯れた噴水の前に出ます。
斜光が入る左のアーチから外に出ると、青空に一面の花海が広がっています。
遠く、みずうみまで続くやわらかな黄色に落ちると、よい匂いの風が吹いて 花がさざめきます。
彼達に護られて、あたたかなそこで ぽたり ぽたり と 眠りにつきます。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

寒く、疲れているとき。  毛布にくるまってみる夢の 一つです。
皆様がしんどい時に想像するお決まりのイメージには どのようなものが御座いますでしょうか...。

                                                                

2010.01.04

《春 ‐ 画家のアトリエ》

spring_poland_convert.jpg
《Wiosna - wnetrze pracowni artysty》/Leon Wyczólkowski/1933年/水彩・インク/71×79cm/ポーランド、ヴィエルコポルスカ県、Muzeum Okregowe ※ 文字化けするため、人名等 一部英語表記にしています。

あかるい春風が カーテンを ひるがえしています。

アトリエは、ポーランド中北部にあるブィドゴシュチュ郡、グルジョンツ村にあります。
絵の作者、Leon Wyczólkowski( 1852‐1936 )が、戦間期に住んでいた場所です。

この絵が描かれたのは1933年。
当時のポーランドは ピウスツキの独裁政権下にあり、前年にはソビエト連邦、翌年にはナチス・ドイツと
不可侵条約を結んでいました。
しかし、ピウスツキは1935年に死去、ポーランドは1939年に 独ソ両国から侵攻を受け、地図から一時
消滅することになります。
祖国の運命を知らずして、Wyczólkowski も36年に死去しました。

現在、この場所は画家の美術館になっています。
また、戦火を免れた建物や、古くからの運河に囲まれた街並みを 見ることができます。

今も 春には同じ風が、街のカーテンを揺らしているのでしょうか。

                                                                
«PREV | PAGE TOP |  NEXT»
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。